田内千鶴子生誕110周年/阿部志郎さん「願望の文」

日本が韓国に犯した罪が二つあります。
一つは力と強さで弱さを侵略したことです。もう一つは同化対策です。
同じになれと強要いたしました。違いを認めないのです。
田内千鶴子は、この罪に対する贖罪を願いながら子供たちを愛しました。
田内千鶴子は韓国と日本の橋を渡す和解の使者でした。
和解とは加害者が被害者に対して罪を認める。被害者が加害者を許す。
そして加害者も被害者もまさにそれを受け入れることが、和解です。和解は愛なくしては成立しません。
愛とは理解することです。愛とは信頼することです。
愛とは喜びも悲しみも分かち合うことです。
愛とはいたわり合うことです。
愛とは不義、不正義を喜ばないことです。
愛とは行動することです。
そして愛とは許し合うことです。

戦争が終わって、立場が一変しました。
尹致浩は親日家といって攻撃をされました。田内千鶴子は日本人妻としていじめられました。
このとき「お父さん、お母さんに手を出すな」と。子どもたちは涙を流して、棍棒を持って体を張って二人を守り抜いたのです。
これが共生園の輝かしい記録であります。愛された子供が愛する人に成長したのです。
愛されたら愛する。愛したら愛される。これが人生であり、社会での出来事でなければなりません。
長い歴史を経たこの共生福祉財団、愛されていい存在でございます。

阪神淡路大震災というのが27年前にございまして、6400名の方々がこの地震で命を失いました。
一番大きな被害を受けたのが、長田区というところでございました。
この長田区で救助された方のうち4人に3人は、市役所でも、警察でも、消防でも、自衛隊でもなく、近隣の人によって、倒れた家屋から助け出されました。助け、助けられるということを体験したその長田区の人々が、こころの家族の「故郷の家」を、在日韓国人の老人ホームを温かく迎えたのです。
助けられて助ける、愛されて愛する。それが共生という言葉の意味ではございませんでしょうか。

田内千鶴子は最後に「梅干しが食べたい」と日本語で話しました。
偉業を継いだ息子さんである共生福祉財団会長尹基さんは、在日韓国老人たちは韓国語で「キムチが食べたい」と言うだろうと、多くの日本人に呼びかけました。堺、大阪、神戸、京都、東京にできた「故郷の家」はそのようにしてできた奇跡の施設です。
日本人と韓国人が仲良く暮らす「故郷の家」を訪問して下されば皆が喜ぶでしょう。意義があると思います。

日本国連世界孤児の日推進委員会会長  阿部志郎

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