韓国最南端の木浦も冬は冷える。北西風が吹く時は耐えがたいほど寒い。
今は冷暖房が充実しているが、私の幼い頃はストーブがすべてだった。冬になればストーブ周りで凍った体を溶かすのが精々だ。空腹に耐えるのも大変だった。冬の夜は長いが、テレビ放送やデジタル環境がないため、できるのは面白い話を聞くことぐらいだった。
ある日、市場に行った共生園の兄弟たちが、店の主人が捨てた太刀魚の骨を拾ってきた。身が少しも残っていない骨だけのしろものだ。それでも私たちはうれしくて大はしゃぎした。
母はその太刀魚の骨を焼きながら、「太刀魚の骨はカルシウムが多くて体にいい。ニンニクは臭いがするから日本人は好まないが、健康にいい」と言っていた。
この冬は太刀魚が豊年とのニュースに、共生園の兄弟たちを思い出した。太刀魚の骨を焼いてくれた母の姿も思い浮かんだ。
昨年の12月、年に一度集まる共生園家族会に参加した。みんなで試練を乗り越え一緒に成長した人たちは高齢となり、彼らは共生園に子どもたちと高齢者が一緒に暮らすホームを作りましょうと言う。
愛された子どもが成長して愛する人になる。愛されれば愛し、愛すれば愛されるのが人生なのだ。阿部志郎先生の共生園80周年記念講演の言葉である。
その通りの共生園であってほしい。
社会福祉法人こころの家族 尹基(Tauchi Motoi) 2024年3月1日