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トピックス一覧 > 2011年 > 東日本大震災義捐金伝達 仙台キリスト教育児院へ

東日本大震災義捐金伝達 仙台キリスト教育児院へ


 社会福祉法人こころの家族では、東日本大震災被災者支援のため、その間、被災地に希望の光を届けようと朴桂チャリティコンサートの開催をはじめ、役職員や地域の皆さま、利用者やご家族などから義捐金を募ってまいりました。快く応じていただいた皆さまには改めて感謝申し上げます。


仙台キリスト教育児院を直接訪問して義捐金を伝達

 被災地の一刻も早い復興を願う気持ちを被災者の皆さまにお伝えしたく、弊こころの家族では、韓国の崇實共生福祉財団と協力し、映画「愛の黙示録」上映など、「故郷の家」建設や木浦共生園と交流関係にあった宮城県仙台市にある仙台キリスト教育児院に直接、義捐金を伝達することにいたしました。
去る4月25日、「こころの家族」からは尹基理事長と阪神淡路大震災後の長田区に開設した「故郷の家・神戸」職員、韓国から崇實共生福祉財団の尹東寅漢南職業専門学校校長、李亮周崇實大学校企画・予算課長の4名が、仙台キリスト教育児院を訪れました。
大坂欣哉院長より、いつの時代にもキリスト教精神に基づき時代と地域の要請に応えた活動を展開してきた同法人の105年に及ぶ歴史や現在の概要と被害状況などの説明を受けたあと、尹基理事長と尹東寅校長からそれぞれ義捐金が伝達されました。


仙台キリスト教育児院へ義捐金伝達
「こころの家族」からは、法人と堺、大坂、神戸、京都の各施設の役職員一同、ご利用者やご家族、地域の皆様、朴桂チャリティーコンサートの義捐金など計90万87円が伝達されました。
 ※右より李亮周崇實大学校企画・予算課長、安齋信一郎仙台キリスト教育児院事務局長、尹基こころの家族理事長、大坂欣哉仙台キリスト教育児院長、野呂勉シオンの園園長、尹東寅漢南専門学校校長、鈴木重良丘の家子どもホーム園長。

韓国の崇實共生福祉財団より義捐金伝達
 韓国の崇實共生福祉財団からは、崇實大学校、(株)プルムウォンECMD、ソウル市女性家族財団、ヨイド純福音教会、そして、韓国国民有志による浄財、計2千1百72万1千101ウォンと救援物資として郵送された韓国海苔が伝達されました。
※右より尹基こころの家族理事長、安齋信一郎仙台キリスト教育児院事務局長、李亮周崇實大学校企画・予算課長、大坂欣哉仙台キリスト教育児院長、尹東寅漢南職業専門学校校長、野呂勉シオンの園園長。

義捐金に感謝しつつも、今後に一抹の不安

 尹基理事長は、同法人が「長い歴史の中で時代ごとに地域のニーズに耳を傾け、社会福祉の先駆的な働きを担ってこられたとお聞きし、この未曾有の大震災に至っても復興に向けて、特に震災孤児の救済に対して大きな働きをされることを信じます」と語り、そのような尊い働きのために活用していただくよう伝えました。大坂欣哉院長は、遠くから義捐金を届けてくれたことに感謝されたあと、壊滅的な被害をこうむった沿岸部に比べ被害は少ないが、地域交流スぺースやノアの箱舟をイメージした多目的ホールのコンクリートが剥離脱落し危険な状態となり、階段や地面に亀裂や凸凹になる被害をこうむっていることを説明し、今後、施設や被災地域の復興に向けた活動を展開していきたいと応じられました。また福島原発からは北方80Kmの距離にあり、原発の今後の状況によっては、莫大な予算を必要とする施設の移転なども考慮する必要があると一抹の不安を隠せない表情で語っておられました。


仙台キリスト教育児院は、1906年、米国宣教師フランシス・E・フェルプスが日露戦争と東北大凶作による飢饉で路頭を迷っていた孤児を救済したのを始まりとし、105年の歴史を持つ社会福祉法人です。
現在は仙台市中心街を少し北方へ上がった小高い丘の上に位置する小松島に1万坪の敷地に児童養護施設「丘の家子どもホーム」(95名)、地域小規模児童養護施設(グループホーム)「かりんの家」(6名)、同「井田ホーム」(6名)、乳児院「丘の家乳幼児ホーム」(30名)、情緒障害児短期治療施設「小松島子どもの家」(40名)、特別養護老人ホーム「シオンの園」(50名、ユニット20名、ショート10名、計80名)をはじめ、小松島デイサービスセンター、老人短期入所生活介護、虹の丘保育園、子育てショートスティ、小松島訪問看護ステーション、小松島ケアプランセンター、小松島地域包括支援センター、母と子の健康教室「はとぽっぽの会」、「すくすく子育て電話相談」などの事業を展開されておられます。

在日韓国人の被災状況なども把握

尹基理事長一行は、この他、駐仙台韓国総領事館や在日韓国民団宮城県本部、在日大韓キリスト仙台教会なども訪れ、日本のマスコミではなかなか報道されない在日韓国人の被災状況などを把握して参りました。
        
        左写真:在日韓国民団宮城県本部にて 上写真:在日大韓キリスト仙台教会

<参考>
 仙台市でも高速道路の仙台東部道路の東側の沿岸部は、大津波によりすべてが流されるほどの甚大な被害をこうむりました。仙台空港も一部機能を活用した臨時状態で運用されており、レストランなどもなくトイレも仮設の状態でやっと弁当やお土産を売るコーナーが設けられている状況でした。空港には「がんばろう東北、宮城」と全国から励ますメッセージが寄せられ、壁面いっぱいに貼られていました。

 

東部道路の西側の仙台市街地は、ライフラインが復旧した現在は、見かけの被害は一部を除いてあまり目にすることはなく、いたるところに「がんばろう東北、がんばろう宮城」とスローガンが掲げられ、お互い励ましあい、一見普通の生活に戻っているように見受けられました。今後復興に向けて加速的に動き出す予感が感じられました。ただ、新鮮な魚介類の入手が難しいのか、震災以降閉店している海鮮居酒屋なども見かけられたり、余震が断続的に今なお続くなど、実際の生活は、一見の訪問者には分からない困難さが伴っているものと推測できました。



在日韓国老人ホームを作る会
故郷の家・京都支援の会
木浦共生園