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6 ご利用者に、良い生活をいっぱい提供したい

   鄭 在容(チョン・ジェヨン)さん 故郷の家・神戸 4月よりリーダー

介護びと6 鄭在容さん 介護職員 リーダー 2017年4月から故郷の家・神戸の3階の新リーダーとして着任する介護職員の鄭在容(ジョン・ジェヨン)さん。3月まで、介護課長代理兼相談員として、また当会報の編集メンバーとしても活躍してくれていた鄭さんは、これからの介護の若き担い手です。高校生時代からのボランティアを通して福祉に興味があったものの短期大学在学途中で兵役義務を果たし貴重な体験も。故郷の家に就職前に勤めていたデパートや日本のホテルでの接客業の経験を福祉に活かし、爽やかな笑顔と明るい人柄がご利用者や家族に大人気です。

 1983年3月、韓国大邱(テグ)市で生まれた鄭さん。父親は公務員でした。姉の下の長男として可愛がられて育った鄭さんは、小学校の時から成績がよく優秀な子どもでした。ただ1つ欠点があり、それは、プレッシャーに弱いこと。高校まで常にトップクラスの成績で本人も家族も望む県立大学に進学を希望。もちろん合格圏内にいましたが、センター試験でプレッシャーに負けてしまいます。
 希望の県立大学の入学は叶いませんでしたが、中学時代から授業の一環として児童館でのボランティアを行ったことで福祉に興味を持っており、短期大学の介護福祉課に進学。
 1年生が終わった20歳の時、徴兵。軍隊生活は毎朝6時起きし、約4キロメートル走り、体操、その後は、台風被害地での復旧や壁塗りなどの作業、時には射撃訓練もする厳しい生活でした。18か月の軍隊生活を終え、復学。  短大を無事卒業したとき、韓国は就職難時代。厳しい就職戦線を乗り越え、ロッテデパートに就職。携帯電話の販売の仕事に就きます。

自分が本当にやりたいことは?

 人当りの良い鄭さんは、みるみる売り上げを伸ばし、仕事にやりがいも見いだしていました。しかし、売り上げのために自分自身が良いと思わない商品をもお客さんに売っていかなければいけないジレンマに少しずつ心が痛み始めました。本当にやりたい仕事を求めて退職。公務員になるための勉強をスタートします。勉強しながら「自分が本当にやりたいことは何?」と、考え「日本に行きたい」という気持ちが沸いてきます。本屋で買い求めたテキストを頼りに日本語の勉強を始めたところ、初めて挑戦した日本語検定で3級に合格。自信を持った鄭さんは、日本の就職先を探し、名古屋のウエスティンホテルに正社員として就職が決定。
 検定試験では3級に合格したものの、いざ日本で仕事を始めると、ほかの人が何を言ってるのか分からず焦ります。しかし、友人にも恵まれ日本語が理解できるようになると仕事もおもしろくなり、6カ月後には、講演会などイベントを取り仕切る宴会場のリーダーにと、責任あるポジションを任されるようになりました。ところが、1年経ったときに就労ビザが下りず、帰国を余儀なくされます。

一旦帰国、再び日本へ

 帰国後、両親の勧めもあり韓国で福祉の仕事をしようと次々福祉事業所の門を叩きましたが断られ続けました。8件の福祉事業所を受けましたが縁がなく、福祉の仕事を諦めかけていたころ、インターネットで故郷の家の求人を発見。その直前、日本語検定で1級合格していた鄭さん。韓国で故郷の家を受験。見事、合格の連絡を受けました。
 2011年1月、故郷の家の職員として再び日本に。鄭さん、28歳の時でした。その後、日本人の女性と結婚し2人の子どものパパとなり、生活も充実。奥さんを連れて韓国に里帰りしたとき、お父さんの母、つまり祖母が日本人だったことを初めて知り、びっくり。「縁を感じました」と、鄭さん。
 現場の仕事では、人手が足りず効率を優先させがちですが、常に「ご利用者さんのために今、何が大切か」と立ち止まり、考えながら介護していきたいと、鄭さん。「たとえば、僕が観光バスの運転手だったら、乗っている人たちに良いところをいっぱい見せてあげたい。ご利用者さんにも、良い生活をいっぱい提供したいと思っています」と、優しい笑顔を向けています。

故郷の家 こころの家族 会報314号 2017年3・4月号 「職員さん登場 介護の現場からE」 より


     
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