HOME トピックス 故郷の家 こころの家族とは コラム 募集
HOME介護びと > 介護びと1 金 東厦さん

  介護びと

1 日本人よりも日本語がうまい。笑い声が楽しい金東厦さん”

   金 東厦(キム・ドンハ)さん 故郷の家 相談員 

介護びと1 金東厦さん 故郷の家 相談員

介護の最前線として現場で働く介護職員や相談員。故郷の家各施設では、日本人や韓国人など国境を越えた職員が働いています。新シリーズではそれぞれの福祉の道へ進むきっかけや、故郷の家ならではの取り組みなどを語ってもらいます。
第1回は、故郷の家の金東廈さんを紹介します。

*** 日本の映画に感動 日本が大好き ***

 今年2月からショートステイ相談員となった金東廈(キム・ドンハ)さん( 31歳)は2013年4月に故郷の家にやってきました。
 済州島生まれの金さんは、通訳を夢見て金剛大学に入学。英語と日本語の通訳の学科に進学しましたが、ボランティアサークルに入ったことで金さんの進路が変わります。サークルで精神に病を持つ人たちの施設に行くことになりました。施設で  話し相手のボランティアを行ったところ、始めは堅い表情だった相手が、話を聞くだけでしだいに笑顔を見せてくれるようになる変化を目の当たりにした金さん。
 話をすることで喜ぶ姿を何回か見て「福祉」に惹かれはじめます。サークル活動をきっかけに副専攻だった社会福祉をメインに勉強することを決めました。
 また、金さんは18歳の時に岩井俊二監督の日本映画「ラブレター」を観て感動。映画を何回も鑑賞し小説も読み、日本が大好きになります。そして大学3回生のとき、交換留学で日本の大学で学ぶチャンスを得ます。目白大学(東京都)に留学中、高齢者施設にボランティアに行き、日本の介護技術の高さに驚きました。介護制度も整い、きめ細やかな介護を実施している日本の福祉施設で働きたいと、思うようになりました。
 卒業後の2011年5月、大学の先生から「千葉県の有料老人ホームあずみ苑で北朝鮮のおばあさんの話し相手の仕事があるが、行ってみないか」と紹介されました。当時、介護職員にはビザが下りず、日本で福祉の道に入ることは一般的には難しかっただけに金さんは、日本で働けることに大喜び。すぐに準備に取りかかりました。
 ところがその年の3月、日本では東日本大震災が起きていました。1人っ子の金さんの身を案じたご両親は日本で働くことに大反対。両親にも恋人にも反対されながらも日本の高齢者施設で働く夢を諦めたくないと、日本に渡りあずみ苑で働き始めました。あずみ苑では介護職員が手厚い介護をし、ご利用者とのコミュニケーションも良く、何もかも楽しくて仕方ありませんでした。上司や職場の仲間から親切にされ、働き始めて1年半が経ちいよいよ本採用になるというとき、ビザの更新が下りず泣く泣く帰国することに。

*** レクや体操の企画でも活躍 ***

 帰国してからも日本の福祉施設で働く夢を捨てきれなかった金さん。パソコンで「日本 社会福祉」と検索すると、なんと、故郷の家の求人が出てきたのです。
 さっそく書類を送り、済州島で面接を受け、再び日本の高齢者施設で働くようになりました。故郷の家では、文化生活指導員としても活躍、レクリエーションや体操を企画してご利用者に指導しています。
 金さんたち文化生活指導員が毎朝10時に実施するレクリエーションはご利用者も大喜び。これまでテレビの前でじっとしていたご利用者も「今日は、レクリエーション何かしないの?」と楽しみに待っているほど。母の日には指導員のアイデアでご利用者が制作した作品展も行い、ご家族に披露することもできました。
 金さんは、社会福祉士の資格を修得しようと現在、日本福祉大学の通信教育も受け勉強。日本語のビジネス会話の勉強もしている頑張り屋。さらなる夢は、「日本の優れた介護技術や制度を韓国の福祉施設で活かしていくこと」と。また、「故郷の家では、色々な勉強ができ楽しいです。韓国のご利用者さんが韓国語での会話を喜んでくれることもうれしい」と、金さん。日本に来ることを心配していたお母さんも、その後日本に遊びに来て「日本人は親切 で、本当に良い所」と何度も来日しているそうです。

 故郷の家 こころの家族 会報307号 2016年1・2月号 「職員さん登場 介護の現場から@」 より
 


     
介護びと
故郷の家(堺)
故郷の家・大阪
故郷の家・神戸
故郷の家・京都
100周年
在日韓国老人ホームを作る会
故郷の家・京都支援の会
木浦共生園