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   母と子のコミュニケーション B

ソーシャルワーカー 尹基
社会福祉法人 こころの家族理事長

 

 「私の唯一の願いは共生園を出ていく私の息子・娘たちに職を与えること」

 世界の注目が集まっているミャンマーに行ってきた。

 50年ぶりの総選挙によって政権交代がスムーズに運ばれることを願う。今回は、国際医療福祉人材育成交流を民間レベルで行うための現地調査が目的であった。行く前に千葉で日本語学校を開いているミャンマー出身の小澤さんに会ったが、彼女の「ミャンマーの人々には心があります」という一言が心に残っていた。ミャンマーの北部、カチン族が住んでいるところを訪ねたが、現地の人々はまさにそうであった。素朴で心があり、お金ではなく、人材育成と地域の産業化を願っていた。

 ヤンゴン大学で日本語を学び、日本語学校の教師をしている若い女性が、私に言った。

 「日本に行って日本語を学び、将来ミャンマーで日本語学校を経営するのが夢です」と。ミャンマーでは、今、日本が憧れの国になっている。

 これらの優秀で真面目な若い人々に希望を持たせたい。アジアの若者を日本に受け入れれば、彼らがどれだけ喜ぶだろうか。彼らにとって、学びたい、働きたい夢の場所、それが日本である。日本は今、人口が減っていく中、人が足らなくて介護の現場が崩壊寸前である。高齢者の命を守るのがアジアの若者かもしれない。

 「私の唯一の願いは共生園を出ていく私の息子・娘たちに職を与えること」。母が書いて1961年4月号の
「主婦の友」に載った記事だ。

 児童養護施設である共生園で育った子どもたちは、18歳になれば社会に出ていく。だが、卒園生たちを受け入れるところがなく、挫折してまた共生園に戻ってきた。母の手記が、私をソウル少年少女職業訓練院の開設に向かわせた。訓練院が出来てから、共生園に戻ってくる子はいなくなった。福祉は自立だと痛感したのである。今、ミャンマーの若者たちを日本が受け入れれば、若者も高齢者も喜ぶ。これがアジア共生です。
  

2016年3月1日 



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